将棋棋士 遠山雄亮のファニースペース

日本将棋連盟棋士 遠山雄亮のオフィシャルブログ

電王戦振り返り(2)示し始めた新しい価値観:第2期第1局佐藤天彦名人-Ponanza

電王戦振り返りの第2弾は、2017年4月1日に行われた佐藤天彦名人-Ponanza戦です。

 

棋譜と写真

電王戦中継サイト

 

観戦記

originalnews.nico

 

関連記事

ascii.jp

 

この日は現地に行きましたが、対局場の日光東照宮には14時頃の到着になりました。前日は雪で、非常に寒かったことを思い出します。

 

Ponanzaの初手▲3八金で始まり、相掛かりへ進みました。

電王戦20局のうち、純粋な相掛かりはこの1局だけです。対ソフト戦では定跡が定まった形のほうがいいとされており、定跡が定まっていない相掛かりは敬遠されていました。本局も佐藤天名人は望んだ展開ではなかったようですが、初手▲3八金だと相掛かりは仕方なかったようです。

 

 

その相掛かりで最近多く見られるのが、▲3六歩(△7四歩)と突く格好。少し前までは▲4六歩と突くのが主流でした。

本局でも互いに▲3六歩△7四歩と突くのですが、そこでPonanzaが新しい価値観を示しました。

 

 

f:id:toyamayusuke:20170604214329g:plain

 

 

佐藤天名人が△7四歩と突いた局面。この歩を突く時は△1四歩が必要で、▲2四歩△同歩▲同飛の時に角の逃げ場があるので△7三銀と歩を守ることが可能です。これが従来の常識でした。

しかしPonanzaは端歩を突かずに▲3六歩。

 

 

f:id:toyamayusuke:20170604214349g:plain

 

 

対して佐藤天名人は△8六歩▲同歩△同飛と進め、▲8七歩(▲3七銀は△8七歩で角を取られる)△3六飛と一歩得に成功しました。

一見するとPonanzaが失敗したようですが、▲3七銀△3五飛▲4六銀△8五飛▲3七桂と進むと1歩を損したかわりに3手ほど得をしました。

 

 

f:id:toyamayusuke:20170604214431g:plain

 

 

 

人間は見た目で判断しがちなので、1歩得に重きを置きます。

しかしこれがPonanzaが示す新しい価値観で、この形では1歩より3手のほうが得だと見ているのです。

この将棋は結果的にPonanzaが完勝するのですが、第3図から少し進んで落ち着いた局面でelmoや技巧2に考えさせると+200程度を示します。となるとこの折衝でPonanzaが得したのでしょう。

 

この「歩損するかわりに手得して攻撃態勢を素早く作る」という思想、実は横歩取りそのものです。横歩取りは角側の歩を取らせますが、飛車側の歩を取らせてもその思想は通用するのではないか、というのがPonanzaの示す新しい価値観です。

この価値観については、今後間違いなく検証が深められることでしょう。

 

 

本局で一番驚き、そしてソフトの実力を見せつけられたのが第4図。

 

 

f:id:toyamayusuke:20170604214514g:plain

 

 

現地検討では△9六歩▲同香△8七角成▲8五歩△同飛▲7六角という順を中心に検討していました。

△9六歩が小味な一着で、最後の▲7六角に△9六馬▲8五角△同馬と進めることができます。△9六歩が入っていないと▲7六角で攻めが止まってしまいます。

しかし△9六歩には▲7六角!という香を取らせる好手がありました。検討では全く出ておらず、この手が示された時に現地検討陣は言葉を失いました。

 

 

f:id:toyamayusuke:20170604214548g:plain

 

 

△9七歩成と取られても▲同桂で二の矢が無いという読み筋で、攻めがないと▲8八金から角を取られてしまいます。

ニコ生の番組内で検討させていたソフトは全て一致した読み筋でした。

 

香の頭に歩を打たれてその歩を取らずに▲7六角、というのは相当に読めない手です。第2局の振り返りでも書きましたが、

人間は視覚や言語で局面をみる傾向があるため、歩1枚の損でも、明確な見返りが無い手は指しづらい

 この場合も香を取らせる見返りがすぐに生じないので気が付きにくい順です。

人間の視覚から外れる好手を、広く深い読みで拾い上げられるソフトの長所が発揮された場面です。

この後Ponanzaに好手が出てさらにリードを広げ、20手ほどで押し切りました。

 

 

 

人間の名人がコンピュータに敗れるという衝撃的な対局でしたが、世間の反応は穏やかなものでした。佐藤天名人のTwitterにはファンからの労いと激励の言葉であふれていました。2013年に初めて現役プロ棋士が負けた時の、あの異常なまでの拒否反応とは雲泥の差です。

電王戦は人工知能が人間を超える過程を見せたものであり、6年6回という年月と対局数を重ねたことで人間にその事実を受け入れさせました。世間での反応がそれをよく表しています。

今後の社会でも人工知能に人間が超えられる事象が増えていき、トラブルも予想されています。電王戦がその道標となるものであるならば、時間をかけることが一つの解決策になることを示しました。

 

 

佐藤天名人が最近新著を発売されました。

実直な言葉も多く、興味深く拝読しました。

佐藤天名人とは三段リーグ時代から戦ってきたので、そのときのこと(次点2回でのフリークラス入りを断ったくだりなど)は懐かしくも感じました。

 

 

理想を現実にする力 (朝日新書)

理想を現実にする力 (朝日新書)

 

 

 

その新著の中で人間の指す将棋について

 

ちっぽけな一人の人間が焦りや苦しさを乗り越えて、観ている側が感動したり、あっと驚くような勝負をしたりする。それこそが人間の将棋の醍醐味だと思うのです。

 

 

とあります。人間同士が戦うということについて多くのページを割いており、想いの強い事なのだと思います。

そしてコンピュータ将棋について

 

コンピュータという存在があって、それを面白いと思う人がいて、取り入れた棋士の将棋がユニークで、その方と私が戦った棋譜(遠山注:叡王戦決勝)をファンの方が面白いと感じた。そういう循環こそが将棋の豊かな歴史を形づくってきたと思うのです。だからコンピュータという新しくて、しかも強い存在と戦う(遠山注:電王戦)こと自体に純粋な興味がありますし、楽しみです。

 

ここは一番感銘を受けた箇所でした。

この電王戦ではコンピュータに敗れてしまいましたが、佐藤天名人が対局者だったからこそPonanzaの新しい価値観が光り、それがまた将棋の豊かな歴史を形づくっていくのでしょう。

 

第2期電王戦は、最後にふさわしい素晴らしい戦いでした。

 

 

さてこの第1局ではトラブルが発生し、対局が中断しました。

対局者Ponanza、立会人勝又六段、そして現地に佐藤慎五段がいて、まさにあの時と同じメンバーで、デジャブのように感じました。

次回はその第2回電王戦第2局佐藤慎四段(当時)-Ponanza戦を取り上げます。

将棋の新しい価値観を示すほどの強さとなったPonanzaは4年前どうだったのか。いまだからわかることもありそうです。

 

 

それではまた